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書評など

「おとなの教養 2 私たちはいま、どこにいるのか?」 池上 彰

「私たちはいま,どこにいるのか?」

2019年発売.著者は池上彰. 現代はテレビやインターネットで絶え間なく膨大な量のニュースが流れる. 不安や危機感を煽るようなものやセンセーショナルなものが話題になりがちだが,それらに振り回されてはいけない. ときにはニュースを掘り下げて「私たちはいま,どこにいるのか?」を考えるべきだと主張する. そのためには教養すなわち

  • 時代が動いても変わらない普遍的な考え方
  • 日々のニュースを捉え直す力

を身につける必要がある. 本書ではこの力を身につけることを目的として6つのテーマを取り上げ解説している.

  1. AIとビッグデータ
  2. キャッシュレス社会と仮想通貨
  3. 想像の共同体
  4. 地政学
  5. ポピュリズム
  6. 日本国憲法

2019年の著作であるが,解説されていることは今のニュースにもつながるものであり十分役立つ. 日々のニュースに対して興味を持ち深掘りするきっかけになる.

SNSに疲れた人へ

私は最近ほとんどのニュースをX(旧Twitter),はてなブックマークYouTubeで見ている. はじめの方だけ見てあとはそこにぶら下がるコメントで「いいね」がたくさんついているものに目を通す. 情報の発信元や真偽を確かめず,多くの「いいね」がついているコメントが正解だと思って理解した気になっている.

新聞の電子版などを契約しているが,楽なほうに流れていった結果だ. 簡単に白黒つけられない話題に対して明確な答えを求めているのかもしれない.

これは間違った情報を信じてしまうリスクがあるのはもちろん,メンタルヘルス的にも悪影響がある. 戦争やジェンダー対立,自然災害や著名人の自殺などただでさえ気持ちが沈みやすい話題が多いなか,SNSを通して感情が増幅された意見を見ると,余計に気持ちの浮き沈みが激しくなる. 楽に情報を得ようとした結果,他人の意見に振り回され疲れてしまっている感じがする.

まさに本書冒頭にある「ニュースの表面だけをみて振り回されている状態」だ. この状態から脱するためには,人を自由にする学問「リベラルアーツ」を学ぶべきだと著者は主張する.

リベラルアーツとは,ヨーロッパの大学で学問の基本とされた以下の7科目のことだ.

  1. 文法
  2. 修辞学
  3. 論理学
  4. 算術
  5. 幾何学
  6. 天文学
  7. 音楽

これを踏まえて著者は現代日本人に必要な科目は以下の7つだとしている.

  1. 宗教
  2. 宇宙
  3. 人類の旅路
  4. 人間と病気
  5. 経済学
  6. 歴史
  7. 日本と日本人

本書の出版後にはロシアがウクライナに軍事侵攻し,パレスチナでは武力衝突が起こった. コロナ禍では疫病が普段の生活に与える影響を思い知らされた. 各国が宇宙開発を進め日本は世界で5番目に月面着陸に成功した.

www3.nhk.or.jp

これらの出来事を踏まえると著者が提案する科目は普遍的で,現在そしてこれからの社会を理解する上で必要なものだと思える. とはいえどこから手をつけていいかわからない.そんな人におすすめできる一冊. お金とは何か,ポピュリズム,想像の共同体などニュースを理解するためのキーワードをわかりやすく解説している.

上述した7科目は,いつか時間を取って学びたいと思っている人も多いだろう. 今こそSNSやニュースから一度距離をおいて,手をつけ始めるタイミングかもしれない.

人類はどこからやってきたのか?「星を継ぐもの」ジェイムズ・P・ホーガン

月面で真紅の宇宙服を着た死体が見つかった.検査の結果,なんとこの人物は5万年以上前に死んでいることがわかった.

5万年前といえば旧石器時代ネアンデルタール人がいた頃だ.そんな大昔に月に到達する技術が地球上にあったはずがない.

  • 「チャーリー」と名付けられた我々人類にそっくりなこの人物はどこから来たのか?
  • 地球出身ならばなぜ高度な科学技術の痕跡が地球に残っていないのか?
  • 現代を生きる人類とどう繋がっているのか?

など疑問は尽きない.

様々な分野の研究者が集まってこれらの謎を解いていく過程が描かれる.SFでありながらミステリー小説としても楽しめる.

月面の洞窟 by Stable Diffusion

太陽系規模の謎解き

チャーリーの発見後,国連宇宙軍の航行通信局(ナヴコム)が物理学,生物学,言語学,数学など様々な分野の研究者を集めて調査を開始する.そのうちの一人である原子物理学者のヴィクター・ハントは彼らを統率しチャーリーの謎を解き明かすことを命じられる.

発見された遺体や遺物にルナリアン,ガニメアン,ミネルヴァなどと命名し解析して判明した情報から仮説を立てる.研究者たちは各自の仮説に則って議論する.新情報が出るといずれかの仮説が採用され再び新たな疑問が浮かんでくる.この繰り返しで謎が少しずつ解明され,現生人類とチャーリーの関係が見えてくる.

研究者たちは少ない手がかりからあらゆる情報を明らかにしていく.チャーリーの細胞から彼の睡眠時間がわかり,それをもとに彼が住んでいた惑星の一日の長さや公転周期がわかる.さらにチャーリーが携帯していた装置のガラスの結晶構造から惑星の質量が計算できるなど,強引な部分はあるかもしれないがそんなことまでわかるのかと感心する.

各分野の専門家から出る意見は互いに矛盾するものもある.それらを組み合わせて独創的な発想で事実を見つけ出すのがハントの役割だ.

新たな情報が出てくるたびに仮説の内容が複雑になっていく.はじめはチャーリーたちの人種ルナリアン,地球と月くらいしか出てこないが,木星の衛星ガニメデや太陽系にかつて存在した惑星ミネルヴァなども登場する.時間のスケールが数万年単位と大きいこともあり,これらの関係性を理解するのに苦労した.真実が判明するまでの過程が面白い作品だとは思うが早く答えを知りたいとの思いで一気に読んだ.

調査結果は随時マスコミに公開されるのだが,報道されるまでに尾ひれがつき,聖書やピラミッド,アトランティスなどと結びつけて「実はルナリアンが関わっていた!」とする話が出て世間を賑わせていた.現実でも起こりそうで面白かった. ただ,チャーリーが見つかったばかりの頃はあまりにも不明な点が多いため,視野が狭くならないようあらゆる可能性を考えるべきというハントの言葉になるほどと思った.「ありえない」と切り捨ててしまうと真実から遠ざかってしまうおそれがある.

有能な上司 コールドウェル

チャーリーの謎を解き明かすために指揮をとる大ボス,コールドウェルのマネジメント能力には驚かされた. 例えばハントをナヴコムにスカウトしたとき,ハントが承諾するとすぐに今後の待遇や移籍の手続きなどテキパキと話を進めた.

ハントはふと、コールドウェルが三千年前に生きていたらローマは一日にして成ったのではあるまいか、と思った。 ジェイムズ・P・ホーガン. 星を継ぐもの 巨人たちの星シリーズ (創元SF文庫) (p.126). 株式会社 東京創元社. Kindle 版.

秘書からも「人を扱うことにかけては天才」と評されるほど上司としての能力が高い.すべてコールドウェルの筋書き通りに事が進んでいるように思えるほどだった.後から思い返すとハントをスカウトしたことから始まり,あらゆる判断が良い結果に繋がっているように思う.

研究者の中でも特に曲者である生物学者ダンチェッカーとハントはたびたび衝突していた.成果を出すには彼らを協力させるべきだがどうすればいいのか?

この問題をコールドウェルは太陽系スケールで解決する.SFならではの解決策が面白かった.

おわりに

月面で見つかった5万年前の死体から始まり,最終的には人類の進化の謎にまで発展する. 壮大な謎解きが終わった後,ラストでは遠い昔に起きた小さなドラマの結末が描かれており哀愁を感じた. SFとしてもミステリーとしても難易度高めだが読み応えのある作品だった.

三体 劉 慈欣


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実写ドラマがNetflixで2024年1月から配信されるらしい.壮大なスケールの物語がどのように映像化されるのか楽しみ.

難しそうな中国SFで挫折しないか不安だったが意外にも読みやすかった.困ったのは登場人物のほとんどが中国人で名前の読みが覚えにくかったことぐらい.

物理学や天文学に関する専門的な内容は身近な例で説明されるのでわかりやすかった.専門知識はなくても楽しめるが,とにかくスケールが大きいため想像力が求められる.

章が細かく分かれており,タイトルもズバリ内容を表しているので後から読み返しやすい. レーダー峰,「科学を殺す」,アーキテクチャ人列コンピュータ,三体問題などワクワクするワードや設定がたくさん登場する. この1冊の中でそれらのタネ明かしもされるため読んだ後にモヤモヤはあまり残らない.

レーダー峰 by Stable Diffusion

あらすじ

文化大革命真っ只中の中国で,物理学者であり大学教授の葉哲泰(イエ・ジョータイ)が自己批判を迫られるシーンから物語は始まる. 拷問を受けることになった原因の一つは講義の中で相対性理論を扱ったこと.革命を推進する人たちにとって相対性理論などは資産階級の理論であり打倒すべきものらしい.

たとえば、授業で使う物理法則や定数の名前を変えた。オームの法則を抵抗法則、マクスウェルの方程式を電磁方程式と呼び変え、プランク定数を量子定数と呼んだ……。おまえは学生たちにこう説明した。すべての科学的成果はすべての労働者大衆の知恵の結晶であり、資産階級の学術権威は、そうした知恵を盗んだだけだ、と。 劉 慈欣. 三体 (Japanese Edition) (pp.16-17). Kindle 版.

文化大革命毛沢東が展開した政治運動で,全国で文化財の破壊や知識人の迫害が起こった.毛沢東を崇拝する学生たちは「紅衛兵」として過激な活動を行った.

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紅衛兵,反動的学術権威などは架空のものだと思っていたが実在していた.史実にもとづいているとはいえ,文化大革命の過激で理不尽な描写は現実味がなくフィクションのように感じられる. この革命の中で葉哲泰の娘であり,主人公の一人である葉文潔(イエ・ウェンジエ)はストーリーの根幹に関わる気づきを得る.

つまり、人類のすべての行為は悪であり、悪こそが人類の本質であって、悪だと気づく部分が人によって違うだけなのではないか。人類がみずから道徳に目覚めることなどありえない。自分で自分の髪の毛をひっぱって地面から浮かぶことができないのと同じことだ。もし人類が道徳に目覚めるとしたら、それは、人類以外の力を借りる必要がある。この考えは、文潔の一生を決定づけるものとなる。 劉 慈欣. 三体 (p.32). 株式会社早川書房. Kindle 版.

科学を殺す

舞台は移り,文化大革命から40数年後.もう一人の主人公であるナノマテリアル開発者の汪淼(ワン・ミャオ)は警察関係者らに作戦司令センターなる施設に連行される.そこで今は戦時中であり敵の攻撃目標はエリート科学者だと聞かされる. 中国が他国と戦争しているわけではないため突拍子もない話を信じていなかった汪淼だったが,次第に身の回りで超自然的な現象が起きるようになる.そして敵の目的は「科学を殺す」ことだとわかってくる.

「ぼくはなにも知りませんよ。ただ、想像もつかない力が科学を殺そうとしているような気がします」 劉 慈欣. 三体 (Japanese Edition) (p.87). Kindle 版.

優秀な学者が「ありえない現象」に対して感じる恐怖は一般人の比ではないだろう.なにしろこれまで正しいとされてきた理論が信じられなくなり,研究してきたことが無意味だとさえ思えてしまうからだ.敵はこの学者が感じる恐怖,絶望を利用して着実に科学を殺そうとする.

オンラインゲーム「三体」

作中に登場するオンラインゲーム「三体」の描写が面白い.このゲームはヘッドマウントディスプレイと「Vスーツ」を着用してプレイする.Vスーツによりプレイヤーは三体世界の温度や風を感じることができ,ゲーム内のキャラクターと音声で自然な会話もできる.ブラウザでプレイできるようでURLは「www.3body.net」となっているが,実際にアクセスすると怪しいサイトに繋がるので試さないほうがいい.

恒紀と乱紀を繰り返す世界

「三体」の世界では太陽の運行が一定の恒紀とそうでない乱紀がある.恒紀は規則的に昼と夜が訪れ,気候も温暖で文明が発展しやすい.一方で乱紀は昼と夜がめちゃくちゃで太陽の大きさ(太陽までの距離)や軌道も不規則だ.そのため大気中の窒素や酸素までも凍る極寒の時期や地面が赤熱するほどの灼熱の時期もある.この恒紀と乱紀が繰り返し訪れるがそれぞれいつまで続くかわからない.

三体世界の人々

過酷な世界で暮らす人々は乾物のように体中の水分をすべて排出して脱水体になることができる.これはペラペラの皮のような状態で,水に漬ければもとに戻る(再水化).乱紀には一部の人を残して集団で脱水体となって倉庫に保存する.恒紀が来たら再水化して活動を始める.保存されている脱水体もろとも消滅してしまうような乱紀がきたら文明は滅んでしまう.この世界で太陽の運行規則,すなわち恒紀と乱紀を予測して文明を発展させることがプレイヤーの目的である.

ニュートンジョン・フォン・ノイマン始皇帝

「三体」はマルチプレイで他のプレイヤーと協力しながら文明の発展を目指す.何度目かのプレイでワンミャオはニュートンジョン・フォン・ノイマンに出会う.(ワンミャオ視点だとNPCのように思えるが中に人間がいるらしい) 二人は秦の始皇帝に会いに行く途中だった.ありえない組み合わせの偉人たちが会話する様子は面白い.

ニュートンによると微積分法により太陽運行の法則を解明できるが,計算量が膨大で世界中の数学者を使っても果てしなく時間がかかるという.しかし,ノイマンは3000万人の一般人がいれば計算できるという.そこで秦の始皇帝が持つ3000万の軍隊に目をつけた.読み書きもできない人間がほとんどであるのに一体どうやって計算させるのか?

始皇帝の前でノイマンは3名の兵士に白と黒の旗を1本ずつ持たせ,各自の役割を入力1,入力2,出力とした.そして入力の旗を見てその組み合わせにより旗を上げるよう出力担当に指示した.ここにANDゲートが完成した.

そう,この人間ゲート回路を組み合わせてコンピュータを作ろうというのだ.兵士たちは数通りの旗の組み合わせだけを覚えればよいため訓練に時間はかからない.なんと画期的な方法だろうか.

訓練の後,始皇帝の「計算陣形!(コンピュータ・フォーメーション)」の掛け声により「秦一号」が完成する.

「陛下の御意にしたがい、計算陣形を起動する!システムの自己診断開始!」ピラミッドの中腹あたりにいる、一列に並んだ旗手が、手旗信号で指令を発信すると、下方の大地の、三千万人から成る巨大なマザーボードが、水面で光がきらめく湖へと一瞬で変わったかのように見えた。数千万の小旗が揺れ動いている。ピラミッドのふもと近くに広がるディスプレイ隊形では、緑色の大きな旗から成る進行度表示線がじりじりと延びていって、現在進行中のセルフチェックがどこまで進んだかを示している。 劉 慈欣. 三体 (Japanese Edition) (p.273). Kindle 版.

エラーが発生した箇所は「修理」される.

始皇帝は長剣に寄りかかって口を開いた。「故障したコンポーネントを交換し、そのゲートを構成していた兵士は全員、首を刎ねよ!今後、故障があった場合は同様に処置せよ」 劉 慈欣. 三体 (Japanese Edition) (p.274). Kindle 版.

漫画「キングダム」で描かれる古代中国には様々な陣形が登場する.兵器がない時代の戦争において陣形は勝敗を左右する要素であり,これを工夫すれば組織の力を最大限に発揮できる.しかし,まさか「計算陣形」なるものが出てくるとは驚いた.フィクションとはいえ組織の力の可能性を感じられる.

「古代中国で始皇帝ノイマンニュートンがコンピュータを作る」この設定だけでも十分面白い.

始皇帝に謁見するニュートンノイマン by Stable Diffusion

終わりに

物語としてはまだまだ序盤といった感じで続きが気になる終わり方だった. とにかくスケールが大きかったが続編はさらに壮大になるらしいので期待したい.

悪魔よりワルだなんてゆるされると思うか?「SAND LAND」


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ドラゴンボールでおなじみ鳥山明の漫画が映画化.物語の舞台は水が干上がった砂漠の国「サンドランド」.魔物と人間が共存する世界で悪魔の王子ベルゼブブと魔物のシーフ,保安官ラオが幻の泉を求めて旅をする.

老人と戦車

ベルゼブブが主人公なのだが本作の見所はかっこいい老人と戦車アクションだ.原作の漫画は鳥山明が老人と戦車を描きたいということで作られたらしく,間違いなくこの2つの要素が魅力的な作品となっている.

丸っこい戦車は内部のスイッチやレバーまで細かく描写されており,それらを操作して戦車を巧みに操るラオには経験を積んだ老人ならではのかっこよさを感じる.戦車のハッチを閉める動作一つを取ってもキャラクターの動きからレバーの重さが感じられ,こだわっているようだった.小さな戦車の中で3人が役割分担して動き回り,ときには重力操作や魔物の能力を駆使して敵を撃破していく様子は痛快だ.

子どもの頃に読んだドラゴンボールもメカや恐竜のデザイン,質感が丁寧に表現されていたように思う.恐竜の尻尾が膨らんでいるのは貴重な水を貯めるためなのかなとか,このドラゴンはオケラがモチーフなのかなとか設定を考えるのも楽しい.

敵となるゼウ大将軍はラオよりもおじいちゃんであり,体の一部を機械化して生きながらえている.フリーザのポッドのような乗り物にすっぽり収まって滑稽な見た目となっており,なりふり構わず生き延びることへの執着を感じる.徹底して悪役として描かれていたためラオの善性を引き立てていた.

美しいアニメーション

全編3Dではなく2Dと3Dが入り混じっていたが違和感は全くなかった.このようなアニメでは2Dと3Dのギャップに不自然さを感じることがよくあるが本作では全くない.

主人公ベルゼブブの言動は子どもそのものだが,悪魔の王サタンの息子であり,とてつもないポテンシャルを秘めていることを思い出させるシーンが何度かあり鳥肌が立つ.月明かりの下でエネルギーを吸収するシーンは神秘的で美しく,特に印象に残った.

砂漠なのに水着姿の悪党一家スイマーズも魅力的なキャラ.ふざけた見た目で厄介だが憎めない感じは,ドラゴンボールのピラフ一味やパラパラブラザーズと似ている.

SAND LANDはゲーム化も決定している.トレーラーを見る限り映画の世界がそのまま再現されており,様々なメカや生物も出てくるようなので期待したい.


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巨大カンタムロボ登場!「しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 とべとべ手巻き寿司」


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立て!カンタムロボ

予告に巨大カンタムロボが出てきたので,これは見るしかないと思っていた. おもちゃサイズのカンタムが活躍する映画はあったが,実際のサイズ(?)で動いているのは見たことない気がする.

予告に出ていたロボvs怪獣とかエスパー同士の空中戦のようなアクションシーンを期待していたが,そのようなシーンは少なかった.ロボットとしての質感を伴った巨大カンタムが出てきたときは興奮したし,戦闘シーンもかっこよかったためもっと見ていたかった.

そのぶん精神世界での描写が多い.敵の子ども時代にしんのすけが入り込み共にいじめっ子に立ち向かうのだが,このシーンがダラダラと続く印象を受けた.3Dでの派手なアクションをもっと見たかった. でも文脈に関係なく,しんのすけがボロボロになりながら頑張っている姿を見ると泣いてしまう.

攻めたテーマ

ストーリーはわりと過激だったように思う. 今作の敵となるのは,何事もうまくいかず現代社会に不満を抱える青年,非理谷 充(ひりや みつる). 彼の恵まれない境遇は現実味があり感情移入して暗い気持ちになる. ティッシュ配りのバイトをしていて社会の底辺と罵られたり,暴行犯に間違えられて警察に追われたり,推しのアイドルが結婚して引退したり. 子どもの頃は友達がおらず,いじめられ,両親の離婚も経験している. リアリティがある分,感情移入しやすく暗い気持ちになる. そんな彼が力を手に入れて世界を破滅させようとする.

彼は幼稚園でも事件を起こすが園児たちにも容赦ない. 園児たちの弁当を貪ったり,将来の夢が書かれた絵をぐしゃぐしゃにしたりする様子は痛々しい.

そしてラスボスの見た目がかなり不気味で怖い. 人間に近い形態のときはまだ良かったが,最終形態はグロテスクな姿をしている. 子供は泣くんじゃないかと思った.

すべてが終わったあと,非理谷に対して「誰かを幸せにするために頑張れ」と励ますのだが,この国の未来に希望を持てない孤独な彼に対してこの言葉は残酷だと思う. しんちゃんが仲間になってくれたのが,彼にとって唯一の救いだったかもしれない. 明らかにしんのすけと境遇が異なるのに友達ではなく「仲間」と強調されていたのはしっくりこなかったが.

現代社会の暗い部分がテーマだったため,希望が持てるラストを期待したが中途半端で終わった感じ. アクションシーンが少なかったのもあり派手なラストバトルを期待したが,無いまま終わった.

そのた

昔のクレヨンしんちゃんと比べて表現がマイルドになっているのかと思っていたけれども,お下品な言動は健在だった.ただ,子供の頃は笑えていた内容も「不快に思う人もいるかも」などと考えてしまい素直に笑えなくなってしまった. ミッチー&ヨシリンや上尾先生など懐かしいキャラが出てきたのは嬉しかった.

※ぶりぶりざえもんは出てきません

3Dでもしんちゃんの顔の形とかが破綻しておらず違和感は少ない. 顔のパーツが固定されているのではなく,顔の角度によって位置が変わっている感じだった. どのように実現しているのか気になる.

まとめ

エンタメとして単純に楽しみたかったがテーマが現実的で暗い気持ちになり,希望が持てる内容でもなかったため若干後味が悪かった. しかし,エンディングのサンボマスターの曲はそんな感情を吹き飛ばしてくれるくらい非常に良かった. 非理谷に対する応援歌のように思えて泣ける.


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「かんじんなことは、目に見えないんだよ」星の王子さま

かわいらしい素朴な絵

星の王子さまといえば表紙の絵が思い浮かぶ. 小さな星の上に立っている金髪の男の子の絵だ.

本書の挿絵は著者のサン=テグジュペリが描いたものだ. 多くの出版社で表紙はこの絵になっているから印象に残っていたようだ.

この挿絵がとにかくかわいい. 本書の魅力の一つだと思う. 作中でも言及しているとおり決して上手ではないが素朴で味がある. やけに細長いキツネだなと思っていたら絵を書いた作中の「ぼく」も同じことを言っていた.

小さな星での暮らし

王子さまは小さな星に住んでいたが,様々な星を旅して最後に訪れた地球で「ぼく」と出会った. 「ぼく」は王子さまが住んでいた星を小惑星B-612番だと述べている. これは架空の星だが,本作に由来してB612と名付けられた小惑星があるらしい.

ja.wikipedia.org

星での暮らしは微笑ましくロマンチックだ.

王子さまは小さな火山の煤払いをしたり,花に水をあげたり,バオバブが小さいうちに引っこ抜いたりしている. 王子さまが住んでいるような小さな星々ではバオバブの木は厄介者扱いされている. バオバブが大きくなると,その根っこにより星が破裂してしまうのだ.だから小さなうちに取り除かなければならない.

そして小さな星では,座っている椅子を少しずつ動かすだけで夕焼けの空を何度も見ることができる.

「ぼく、いつか、日の入りを四十四度も見たっけ」そして、すこしたって、あなたは、また、こうもいいましたね。「だってかなしいときって、入り日がすきになるものだろ」 サン=テグジュペリ; 内藤 濯. 星の王子さま (岩波少年文庫) (Kindle の位置No.416-419). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.

一日に何度も日の入りを見れるのは贅沢だと思う一方,感動が薄らいでしまいそうな気もする.

「おとなって,へんなものだなあ」

王子さまが旅の途中に訪れた星々で出会った大人たちは風変わりな人ばかりだ. 褒める言葉しか耳に入らないうぬぼれ男. 酒を飲む恥ずかしさを忘れるために酒を飲み続ける呑み助. 忙しそうにひたすら星を数え続ける実業家など.

王子さまは彼らに対して「おとなって,へんなものだなあ」と思っており,私も同じように感じていたが,次第に私自身にも当てはまる部分があるのではないかと思えてきた.

例えば忙しそうにひたすら星を数え続ける実業家. 王子さまが話しかけても,自分は大事な仕事をしていて忙しいからとなかなかかまってもらえない.

その仕事とは星の数を紙に描いてそれを引き出しの中に入れ鍵をかけること. 星を自分のものにするために数えているのだという. はたから見れば無意味な作業を続けているように思える.

そんな実業家に対して王子さまは言う.

「ぼくはね、花を持ってて、毎日水をかけてやる。火山も三つ持ってるんだから、七日に一度すすはらいをする。火を吹いてない火山のすすはらいもする。いつ爆発するか、わからないからね。ぼくが、火山や花を持ってると、それがすこしは、火山や花のためになるんだ。だけど、きみは、星のためには、なってやしない」 サン=テグジュペリ; 内藤 濯. 星の王子さま (岩波少年文庫) (Kindle の位置No.933-939). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.

たしかに王子さまの言う通り,星を数えて自分のものだと主張するよりも花に水をやったり火山が爆発しないように煤払いをすることが星のためになっていそうで,大切な仕事のように思える.

普段何気なく働いている私もこの実業家と同じではないかと思った. いつもやっていることは本当に大切なことではなく,「これは難しくて大事な仕事なんだ」と自分に思い込ませて忙しがっているだけかもしれない.

かんじんなことは目に見えない

では「本当に大切なもの」とは何か?

明確な答えを出すことは難しいが,たまには考えてみると新たな発見があるかもしれない. 大切なものについて王子さまは仲良くなったキツネから次のように教わる.

「さっきの秘密をいおうかね。なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」 サン=テグジュペリ,内藤 濯. 星の王子さま (Japanese Edition) (p.124). Kindle 版.

大人は数字や外見でものごとを判断しがちだが,それでは本質を見極めることはできないのだろう. 序盤に「ぼく」が語った以下の話は子どもと大人の視点の違いを表している.

おとなの人たちに〈桃色のレンガでできていて、窓にジェラニュウムの鉢がおいてあって、屋根の上にハトのいる、きれいな家を見たよ〉といったところで、どうもピンとこないでしょう。おとなたちには〈十万フランの家を見た〉といわなくてはいけないのです。すると、おとなたちは、とんきょうな声をだして、〈なんてりっぱな家だろう〉というのです。 サン=テグジュペリ,内藤 濯. 星の王子さま (Japanese Edition) (p.31). Kindle 版.

王子さまの言動は子どものわがままのようにも思えるが,大人になるにつれ忘れてしまった感覚や考え方を思い出させてくれる.

目の前のことで手一杯になっている日々のなかで,少し立ち止まって「本当に大切なもの」について考えてみるのもよいだろう.

宇宙を旅する王子さま(想像)

マリアビートル 伊坂幸太郎

米原駅は出てこない

本作で最も残念だった点は,新幹線の行き先が仙台だったことである. 映画「ブレット・トレイン」の舞台は東京発,京都行の新幹線で,リアルな米原駅が登場すると聞いてこの本を読んだ. だが原作では全くの逆方向だった. 日本っぽい要素を出すために映画では京都行きに変更されたのかもしれない.

馴染みのある米原駅が登場しなかったのは残念だったがメインの舞台は新幹線の中であり,そもそも駅でのシーンはほとんどない. 途中いくつかの駅に停車するが数分間ホームに降りるくらいで各駅のローカルな要素が描かれることはないため,新幹線の行き先は重要な要素ではなかったと思う.

ちなみに映画の原題は日本の新幹線を表す「Bullet Train」で邦題は「ブレット・トレイン」となっている. 「バレット」ではないのかと思ったが発音的には「ブレット」が近いらしい.表記ゆれで両方使われているとのこと.

殺し屋 in the 新幹線

本作は「グラスホッパー」に続く殺し屋シリーズの2作目. 前作と同じく個性的な殺し屋が多数登場し,章ごとに視点が切り替わりながらストーリーが展開する. それぞれの目的を持って新幹線に乗り込んだ殺し屋たち(と中学生)が交錯し次第に全体像が見えてくる.

限られた空間で彼らが接触するシーンは緊張感があり,手に汗握る展開となっている. だが,そのくだりがずっと繰り返され,大きなイベントがなかなか発生しない. そのぶん終盤は勢いがあり読み応えがあった.

新幹線には一般客も乗っており殺し屋たちは怪しまれないように行動するが,ごまかすのが難しくなっていき不審な動きをしだす. 車内を何往復もしたり,座席移動を繰り返したり,広げた傘とビニールロープで罠を作ったりする. 後半はなんでもありな感じになっていくのであまり気にならなくなるが.

印象的だった登場人物を紹介する.

七尾

不運な殺し屋.

はじめは「ツイてない」くらいだが次第に現実離れし,他の殺し屋たちが唖然とする出来事も引き起こす. 最後の方はリアリティは気にならず,もはやコントを見ているようで笑えてくる. 特殊能力ともいえるこの不運は本人の意思とは関係なく,状況を良い方にも悪い方にもひっくり返す.

蜜柑と檸檬

柑橘系コンビ.

生真面目な蜜柑と自由奔放な檸檬. 小説が好きな蜜柑とトーマスが好きな檸檬. 対照的な性格の二人だが,連携が取れており彼らの行動は伏線にもなっている. 共闘するシーンはほとんどなかったため彼らのコンビネーションをもっと見たかった. トーマスとその仲間たちを予習しておくとより楽しめるかもしれない.

mobile.thomasandfriends.jp

王子

異質な登場人物. サイコパス中学生.

たまたま同じ新幹線に乗り合わせてしまったため事件に巻き込まれる.正確には自分から首を突っ込んだ. 美少年であり,はたから見れば優等生だが実際は腹黒い. 腕力では敵わない殺し屋たちに対して豊富な知識とずば抜けた判断力,運の良さで互角以上に渡り合う.

大人たちが王子に手玉に取られる様子は読んでいて気分が悪くなる. ただ,彼が人間の心理について語るセリフにはつい関心してしまい,作中の人物と同じく手のひらで転がされているような感覚で屈辱的な気分になる.

ある集団の中で、「価値を決める者」というポジションに立てば、あとは楽だ。野球やサッカーのような明確なルールなどないというのに、友人たちは、王子の判定を、審判のそれのように気にかけてくる。 伊坂 幸太郎. マリアビートル (角川文庫) (p.114). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版.

「単純だね、おじさんも。かわいらしいね」王子はここでも言葉を選ぶ。その発言のどこが、「かわいらしい」かは問題ではない。「かわいらしい」と一方的に、判断してみせることが重要なのだ。そうすることで、木村は、自分が幼く見られた、と察する。そして、自分のどこが幼いのか、自分の発想は幼いのか、と考えずにはいられなくなる。もちろん、解答はない。「かわいらしい」理由などないからだ。となれば、木村は、「その理由を知っているだろう」王子の価値基準が気になりはじめる。 伊坂 幸太郎. マリアビートル (角川文庫) (pp.114-115). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版.

早く誰かこいつをギャフンと言わせてくれとか,さすがに中学生が殺されるわけないかとか思いながら読んでいた. 最も結末が気になる印象的なキャラクターだった.

前作主人公,鈴木との「なぜ人を殺してはいけないのか」に関する問答は本作の見どころ.

檸檬からは意地悪な黒いディーゼルに例えられていた.

意地悪な黒いディーゼル

ディーゼル - 汽車のえほん・きかんしゃトーマス Wiki*

おわりに

シリーズを通して殺し屋たちの通り名に一般人があまり違和感を感じていないのは気になった. 自己紹介で「槿(あさがお)」とか「蜜柑」とか言われたら疑問に思うはずだが,すんなりと受け入れていたように思う.

グラスホッパーと違い,終盤まで誰が主人公なのかわからなかった. 「マリアビートル」と聞いてわかる人はいるかも知れない. それぞれの立ち位置は同じくらいだったため誰が生き残るのか予測できず面白かった.