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書評など

人類はどこからやってきたのか?「星を継ぐもの」ジェイムズ・P・ホーガン

月面で真紅の宇宙服を着た死体が見つかった.検査の結果,なんとこの人物は5万年以上前に死んでいることがわかった.

5万年前といえば旧石器時代ネアンデルタール人がいた頃だ.そんな大昔に月に到達する技術が地球上にあったはずがない.

  • 「チャーリー」と名付けられた我々人類にそっくりなこの人物はどこから来たのか?
  • 地球出身ならばなぜ高度な科学技術の痕跡が地球に残っていないのか?
  • 現代を生きる人類とどう繋がっているのか?

など疑問は尽きない.

様々な分野の研究者が集まってこれらの謎を解いていく過程が描かれる.SFでありながらミステリー小説としても楽しめる.

月面の洞窟 by Stable Diffusion

太陽系規模の謎解き

チャーリーの発見後,国連宇宙軍の航行通信局(ナヴコム)が物理学,生物学,言語学,数学など様々な分野の研究者を集めて調査を開始する.そのうちの一人である原子物理学者のヴィクター・ハントは彼らを統率しチャーリーの謎を解き明かすことを命じられる.

発見された遺体や遺物にルナリアン,ガニメアン,ミネルヴァなどと命名し解析して判明した情報から仮説を立てる.研究者たちは各自の仮説に則って議論する.新情報が出るといずれかの仮説が採用され再び新たな疑問が浮かんでくる.この繰り返しで謎が少しずつ解明され,現生人類とチャーリーの関係が見えてくる.

研究者たちは少ない手がかりからあらゆる情報を明らかにしていく.チャーリーの細胞から彼の睡眠時間がわかり,それをもとに彼が住んでいた惑星の一日の長さや公転周期がわかる.さらにチャーリーが携帯していた装置のガラスの結晶構造から惑星の質量が計算できるなど,強引な部分はあるかもしれないがそんなことまでわかるのかと感心する.

各分野の専門家から出る意見は互いに矛盾するものもある.それらを組み合わせて独創的な発想で事実を見つけ出すのがハントの役割だ.

新たな情報が出てくるたびに仮説の内容が複雑になっていく.はじめはチャーリーたちの人種ルナリアン,地球と月くらいしか出てこないが,木星の衛星ガニメデや太陽系にかつて存在した惑星ミネルヴァなども登場する.時間のスケールが数万年単位と大きいこともあり,これらの関係性を理解するのに苦労した.真実が判明するまでの過程が面白い作品だとは思うが早く答えを知りたいとの思いで一気に読んだ.

調査結果は随時マスコミに公開されるのだが,報道されるまでに尾ひれがつき,聖書やピラミッド,アトランティスなどと結びつけて「実はルナリアンが関わっていた!」とする話が出て世間を賑わせていた.現実でも起こりそうで面白かった. ただ,チャーリーが見つかったばかりの頃はあまりにも不明な点が多いため,視野が狭くならないようあらゆる可能性を考えるべきというハントの言葉になるほどと思った.「ありえない」と切り捨ててしまうと真実から遠ざかってしまうおそれがある.

有能な上司 コールドウェル

チャーリーの謎を解き明かすために指揮をとる大ボス,コールドウェルのマネジメント能力には驚かされた. 例えばハントをナヴコムにスカウトしたとき,ハントが承諾するとすぐに今後の待遇や移籍の手続きなどテキパキと話を進めた.

ハントはふと、コールドウェルが三千年前に生きていたらローマは一日にして成ったのではあるまいか、と思った。 ジェイムズ・P・ホーガン. 星を継ぐもの 巨人たちの星シリーズ (創元SF文庫) (p.126). 株式会社 東京創元社. Kindle 版.

秘書からも「人を扱うことにかけては天才」と評されるほど上司としての能力が高い.すべてコールドウェルの筋書き通りに事が進んでいるように思えるほどだった.後から思い返すとハントをスカウトしたことから始まり,あらゆる判断が良い結果に繋がっているように思う.

研究者の中でも特に曲者である生物学者ダンチェッカーとハントはたびたび衝突していた.成果を出すには彼らを協力させるべきだがどうすればいいのか?

この問題をコールドウェルは太陽系スケールで解決する.SFならではの解決策が面白かった.

おわりに

月面で見つかった5万年前の死体から始まり,最終的には人類の進化の謎にまで発展する. 壮大な謎解きが終わった後,ラストでは遠い昔に起きた小さなドラマの結末が描かれており哀愁を感じた. SFとしてもミステリーとしても難易度高めだが読み応えのある作品だった.