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書評など

三体 劉 慈欣


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実写ドラマがNetflixで2024年1月から配信されるらしい.壮大なスケールの物語がどのように映像化されるのか楽しみ.

難しそうな中国SFで挫折しないか不安だったが意外にも読みやすかった.困ったのは登場人物のほとんどが中国人で名前の読みが覚えにくかったことぐらい.

物理学や天文学に関する専門的な内容は身近な例で説明されるのでわかりやすかった.専門知識はなくても楽しめるが,とにかくスケールが大きいため想像力が求められる.

章が細かく分かれており,タイトルもズバリ内容を表しているので後から読み返しやすい. レーダー峰,「科学を殺す」,アーキテクチャ人列コンピュータ,三体問題などワクワクするワードや設定がたくさん登場する. この1冊の中でそれらのタネ明かしもされるため読んだ後にモヤモヤはあまり残らない.

レーダー峰 by Stable Diffusion

あらすじ

文化大革命真っ只中の中国で,物理学者であり大学教授の葉哲泰(イエ・ジョータイ)が自己批判を迫られるシーンから物語は始まる. 拷問を受けることになった原因の一つは講義の中で相対性理論を扱ったこと.革命を推進する人たちにとって相対性理論などは資産階級の理論であり打倒すべきものらしい.

たとえば、授業で使う物理法則や定数の名前を変えた。オームの法則を抵抗法則、マクスウェルの方程式を電磁方程式と呼び変え、プランク定数を量子定数と呼んだ……。おまえは学生たちにこう説明した。すべての科学的成果はすべての労働者大衆の知恵の結晶であり、資産階級の学術権威は、そうした知恵を盗んだだけだ、と。 劉 慈欣. 三体 (Japanese Edition) (pp.16-17). Kindle 版.

文化大革命毛沢東が展開した政治運動で,全国で文化財の破壊や知識人の迫害が起こった.毛沢東を崇拝する学生たちは「紅衛兵」として過激な活動を行った.

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紅衛兵,反動的学術権威などは架空のものだと思っていたが実在していた.史実にもとづいているとはいえ,文化大革命の過激で理不尽な描写は現実味がなくフィクションのように感じられる. この革命の中で葉哲泰の娘であり,主人公の一人である葉文潔(イエ・ウェンジエ)はストーリーの根幹に関わる気づきを得る.

つまり、人類のすべての行為は悪であり、悪こそが人類の本質であって、悪だと気づく部分が人によって違うだけなのではないか。人類がみずから道徳に目覚めることなどありえない。自分で自分の髪の毛をひっぱって地面から浮かぶことができないのと同じことだ。もし人類が道徳に目覚めるとしたら、それは、人類以外の力を借りる必要がある。この考えは、文潔の一生を決定づけるものとなる。 劉 慈欣. 三体 (p.32). 株式会社早川書房. Kindle 版.

科学を殺す

舞台は移り,文化大革命から40数年後.もう一人の主人公であるナノマテリアル開発者の汪淼(ワン・ミャオ)は警察関係者らに作戦司令センターなる施設に連行される.そこで今は戦時中であり敵の攻撃目標はエリート科学者だと聞かされる. 中国が他国と戦争しているわけではないため突拍子もない話を信じていなかった汪淼だったが,次第に身の回りで超自然的な現象が起きるようになる.そして敵の目的は「科学を殺す」ことだとわかってくる.

「ぼくはなにも知りませんよ。ただ、想像もつかない力が科学を殺そうとしているような気がします」 劉 慈欣. 三体 (Japanese Edition) (p.87). Kindle 版.

優秀な学者が「ありえない現象」に対して感じる恐怖は一般人の比ではないだろう.なにしろこれまで正しいとされてきた理論が信じられなくなり,研究してきたことが無意味だとさえ思えてしまうからだ.敵はこの学者が感じる恐怖,絶望を利用して着実に科学を殺そうとする.

オンラインゲーム「三体」

作中に登場するオンラインゲーム「三体」の描写が面白い.このゲームはヘッドマウントディスプレイと「Vスーツ」を着用してプレイする.Vスーツによりプレイヤーは三体世界の温度や風を感じることができ,ゲーム内のキャラクターと音声で自然な会話もできる.ブラウザでプレイできるようでURLは「www.3body.net」となっているが,実際にアクセスすると怪しいサイトに繋がるので試さないほうがいい.

恒紀と乱紀を繰り返す世界

「三体」の世界では太陽の運行が一定の恒紀とそうでない乱紀がある.恒紀は規則的に昼と夜が訪れ,気候も温暖で文明が発展しやすい.一方で乱紀は昼と夜がめちゃくちゃで太陽の大きさ(太陽までの距離)や軌道も不規則だ.そのため大気中の窒素や酸素までも凍る極寒の時期や地面が赤熱するほどの灼熱の時期もある.この恒紀と乱紀が繰り返し訪れるがそれぞれいつまで続くかわからない.

三体世界の人々

過酷な世界で暮らす人々は乾物のように体中の水分をすべて排出して脱水体になることができる.これはペラペラの皮のような状態で,水に漬ければもとに戻る(再水化).乱紀には一部の人を残して集団で脱水体となって倉庫に保存する.恒紀が来たら再水化して活動を始める.保存されている脱水体もろとも消滅してしまうような乱紀がきたら文明は滅んでしまう.この世界で太陽の運行規則,すなわち恒紀と乱紀を予測して文明を発展させることがプレイヤーの目的である.

ニュートンジョン・フォン・ノイマン始皇帝

「三体」はマルチプレイで他のプレイヤーと協力しながら文明の発展を目指す.何度目かのプレイでワンミャオはニュートンジョン・フォン・ノイマンに出会う.(ワンミャオ視点だとNPCのように思えるが中に人間がいるらしい) 二人は秦の始皇帝に会いに行く途中だった.ありえない組み合わせの偉人たちが会話する様子は面白い.

ニュートンによると微積分法により太陽運行の法則を解明できるが,計算量が膨大で世界中の数学者を使っても果てしなく時間がかかるという.しかし,ノイマンは3000万人の一般人がいれば計算できるという.そこで秦の始皇帝が持つ3000万の軍隊に目をつけた.読み書きもできない人間がほとんどであるのに一体どうやって計算させるのか?

始皇帝の前でノイマンは3名の兵士に白と黒の旗を1本ずつ持たせ,各自の役割を入力1,入力2,出力とした.そして入力の旗を見てその組み合わせにより旗を上げるよう出力担当に指示した.ここにANDゲートが完成した.

そう,この人間ゲート回路を組み合わせてコンピュータを作ろうというのだ.兵士たちは数通りの旗の組み合わせだけを覚えればよいため訓練に時間はかからない.なんと画期的な方法だろうか.

訓練の後,始皇帝の「計算陣形!(コンピュータ・フォーメーション)」の掛け声により「秦一号」が完成する.

「陛下の御意にしたがい、計算陣形を起動する!システムの自己診断開始!」ピラミッドの中腹あたりにいる、一列に並んだ旗手が、手旗信号で指令を発信すると、下方の大地の、三千万人から成る巨大なマザーボードが、水面で光がきらめく湖へと一瞬で変わったかのように見えた。数千万の小旗が揺れ動いている。ピラミッドのふもと近くに広がるディスプレイ隊形では、緑色の大きな旗から成る進行度表示線がじりじりと延びていって、現在進行中のセルフチェックがどこまで進んだかを示している。 劉 慈欣. 三体 (Japanese Edition) (p.273). Kindle 版.

エラーが発生した箇所は「修理」される.

始皇帝は長剣に寄りかかって口を開いた。「故障したコンポーネントを交換し、そのゲートを構成していた兵士は全員、首を刎ねよ!今後、故障があった場合は同様に処置せよ」 劉 慈欣. 三体 (Japanese Edition) (p.274). Kindle 版.

漫画「キングダム」で描かれる古代中国には様々な陣形が登場する.兵器がない時代の戦争において陣形は勝敗を左右する要素であり,これを工夫すれば組織の力を最大限に発揮できる.しかし,まさか「計算陣形」なるものが出てくるとは驚いた.フィクションとはいえ組織の力の可能性を感じられる.

「古代中国で始皇帝ノイマンニュートンがコンピュータを作る」この設定だけでも十分面白い.

始皇帝に謁見するニュートンノイマン by Stable Diffusion

終わりに

物語としてはまだまだ序盤といった感じで続きが気になる終わり方だった. とにかくスケールが大きかったが続編はさらに壮大になるらしいので期待したい.