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書評など

マリアビートル 伊坂幸太郎

米原駅は出てこない

本作で最も残念だった点は,新幹線の行き先が仙台だったことである. 映画「ブレット・トレイン」の舞台は東京発,京都行の新幹線で,リアルな米原駅が登場すると聞いてこの本を読んだ. だが原作では全くの逆方向だった. 日本っぽい要素を出すために映画では京都行きに変更されたのかもしれない.

馴染みのある米原駅が登場しなかったのは残念だったがメインの舞台は新幹線の中であり,そもそも駅でのシーンはほとんどない. 途中いくつかの駅に停車するが数分間ホームに降りるくらいで各駅のローカルな要素が描かれることはないため,新幹線の行き先は重要な要素ではなかったと思う.

ちなみに映画の原題は日本の新幹線を表す「Bullet Train」で邦題は「ブレット・トレイン」となっている. 「バレット」ではないのかと思ったが発音的には「ブレット」が近いらしい.表記ゆれで両方使われているとのこと.

殺し屋 in the 新幹線

本作は「グラスホッパー」に続く殺し屋シリーズの2作目. 前作と同じく個性的な殺し屋が多数登場し,章ごとに視点が切り替わりながらストーリーが展開する. それぞれの目的を持って新幹線に乗り込んだ殺し屋たち(と中学生)が交錯し次第に全体像が見えてくる.

限られた空間で彼らが接触するシーンは緊張感があり,手に汗握る展開となっている. だが,そのくだりがずっと繰り返され,大きなイベントがなかなか発生しない. そのぶん終盤は勢いがあり読み応えがあった.

新幹線には一般客も乗っており殺し屋たちは怪しまれないように行動するが,ごまかすのが難しくなっていき不審な動きをしだす. 車内を何往復もしたり,座席移動を繰り返したり,広げた傘とビニールロープで罠を作ったりする. 後半はなんでもありな感じになっていくのであまり気にならなくなるが.

印象的だった登場人物を紹介する.

七尾

不運な殺し屋.

はじめは「ツイてない」くらいだが次第に現実離れし,他の殺し屋たちが唖然とする出来事も引き起こす. 最後の方はリアリティは気にならず,もはやコントを見ているようで笑えてくる. 特殊能力ともいえるこの不運は本人の意思とは関係なく,状況を良い方にも悪い方にもひっくり返す.

蜜柑と檸檬

柑橘系コンビ.

生真面目な蜜柑と自由奔放な檸檬. 小説が好きな蜜柑とトーマスが好きな檸檬. 対照的な性格の二人だが,連携が取れており彼らの行動は伏線にもなっている. 共闘するシーンはほとんどなかったため彼らのコンビネーションをもっと見たかった. トーマスとその仲間たちを予習しておくとより楽しめるかもしれない.

mobile.thomasandfriends.jp

王子

異質な登場人物. サイコパス中学生.

たまたま同じ新幹線に乗り合わせてしまったため事件に巻き込まれる.正確には自分から首を突っ込んだ. 美少年であり,はたから見れば優等生だが実際は腹黒い. 腕力では敵わない殺し屋たちに対して豊富な知識とずば抜けた判断力,運の良さで互角以上に渡り合う.

大人たちが王子に手玉に取られる様子は読んでいて気分が悪くなる. ただ,彼が人間の心理について語るセリフにはつい関心してしまい,作中の人物と同じく手のひらで転がされているような感覚で屈辱的な気分になる.

ある集団の中で、「価値を決める者」というポジションに立てば、あとは楽だ。野球やサッカーのような明確なルールなどないというのに、友人たちは、王子の判定を、審判のそれのように気にかけてくる。 伊坂 幸太郎. マリアビートル (角川文庫) (p.114). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版.

「単純だね、おじさんも。かわいらしいね」王子はここでも言葉を選ぶ。その発言のどこが、「かわいらしい」かは問題ではない。「かわいらしい」と一方的に、判断してみせることが重要なのだ。そうすることで、木村は、自分が幼く見られた、と察する。そして、自分のどこが幼いのか、自分の発想は幼いのか、と考えずにはいられなくなる。もちろん、解答はない。「かわいらしい」理由などないからだ。となれば、木村は、「その理由を知っているだろう」王子の価値基準が気になりはじめる。 伊坂 幸太郎. マリアビートル (角川文庫) (pp.114-115). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版.

早く誰かこいつをギャフンと言わせてくれとか,さすがに中学生が殺されるわけないかとか思いながら読んでいた. 最も結末が気になる印象的なキャラクターだった.

前作主人公,鈴木との「なぜ人を殺してはいけないのか」に関する問答は本作の見どころ.

檸檬からは意地悪な黒いディーゼルに例えられていた.

意地悪な黒いディーゼル

ディーゼル - 汽車のえほん・きかんしゃトーマス Wiki*

おわりに

シリーズを通して殺し屋たちの通り名に一般人があまり違和感を感じていないのは気になった. 自己紹介で「槿(あさがお)」とか「蜜柑」とか言われたら疑問に思うはずだが,すんなりと受け入れていたように思う.

グラスホッパーと違い,終盤まで誰が主人公なのかわからなかった. 「マリアビートル」と聞いてわかる人はいるかも知れない. それぞれの立ち位置は同じくらいだったため誰が生き残るのか予測できず面白かった.